アマチュア・インディーズ音楽の投稿配信サイトの歴史を主観で振り返る

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自分が初めてサイトを作って世に公開したのは2000年の頃だった。まだ回線の速度もそれほど速くなく、作られていたサイトもHTMLを手打ちしたりホームページビルダーを使って作られた比較的簡素なものが殆どだった頃だ。その当時はテキストサイトや個人ニュースサイトといったものが流行っており、自分もそうしたサイトを作って運営していて、それがきっかけで同じようにサイトを作っていた見ず知らずの人とやりとりをする機会が出来たりして、インターネット面白いなぁと思ったりしていた。思えば、一番純粋にインターネットに対しての可能性を感じていた時期でもあり、これで上手く自作の楽曲を配信とか出来ないんだろうか?などと考えていた時期でもあった。

20110730_2074155 ちょうどそんな頃、ネット上には1999年頃から既に「マイメロディ」というサイトがあった。投稿されたアマチュアやインディーズのミュージシャンの楽曲を聴くことが出来るサイトで、後に「muzie(ミュージー)」としてリニューアルされることになる。同様の趣旨のサイトは、muzieと同時期からあった「Indies Hit Channel」や少し後発の「NEXTMUSIC」など、いくつか存在していたが、その頃は音楽を聴くには回線が重く数曲を聴いたら心が折れる感じでいずれもあまり使えないなぁという印象だった。試しに自分でもいくつかのサイトに楽曲を登録してみたが、「これあんまり意味ないな」と感じてそのまま放置してしまった。実際に曲を聴いている人の層も、このころはまだ音楽をただ純粋に聴くだけの一般的なリスナーというのはあまりいなくて、同じようにサイトに楽曲を登録しているミュージシャンが自分達の他にどんなのが登録しているのか見て回っている方が割合的には多いのだろうなぁと思っていたが、確かめようがないので実のところは分からない。

muzieは2001年に法人化を発表。その当時は一般の人が趣味で始めたサイトが人気になった末にコンテンツごと企業に売る、もしくは資本が入って企業化されるというのがインターネットでの成功のひとつの結果とされていたような時期であり、muzieもまたそんな成功したサイトのひとつとして認識されていた。ただ自分の中では「音楽を快適に聴くには重いサイトである」ということにはやはり変わりはなく、これはもう当時では仕方がないことだったと思う。

それから何年か経てインフラが多少は整いあまりストレスを感じずに使えそうになってきて、頑張って自分なりに好きなミュージシャンを掘りおこしたら面白そうだと思い立ち、試しにmuzieで色々と聴いてまわっていた時期があった。確か2004年か2005年頃だった気がする。中には音質もそれほど良くなくて全然再生されてないけど明らかにダイヤの原石みたいな人達、例えばまだ自主制作のCD-Rを手売りしてた頃の「凛として時雨」が1曲だけ登録してたりしていて、こういうのをサイトの運営側がピックアップ出来ないもんなのかなぁと思ったりしていた。

ちなみにその頃よく聴かれていてmuzie内で人気があったのは、同人音楽のフィールドで活動されていた方やBMS系の方たちだったと記憶している。おそらくその頃のネットユーザーとの親和性が高かったのだろうと思うのだが、同人系の音楽事情に関して全然知らなかったその当時の自分の印象論でしかなく、実際のところは分からない。その頃の自分はUKロック寄りのバンドサウンドのものばっかり聴いていたこともあり、「クオリティが高くて凄いし自分にはこんなの作れそうにないんだけど、自分の趣味とは傾向が違うなぁ」とか思って、人気のあった楽曲を殆ど聴かずにスルーしてしまっていた。もったいないことをしたと思う。
その後、muzieで人気のあった人たちの中にも初音ミクの登場でボーカロイドを使い始める人が出てきて、彼らととても仲良くなって自分はメチャクチャ影響を受けるようになる、という事を当時はまだ知る由もないのだった。

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YAMAHAが運営していた「プレイヤーズ王国」は、著作権料をJASRACに支払っていたため楽曲のコピー作品をアップロードできたのが非常に特徴的だった。いつごろ開設されたサイトだったのかよく憶えていないのだが、自分が最初に見たのは2003年ごろだった。プレイヤーズ王国というその名の通り、オリジナル楽曲を公開するだけでなく、楽器奏者に演奏音源を公開してもらおうという狙いがあったのだろう。楽器メーカーさんらしい発想だと思ったが、楽曲を聴くのに「MidRadio Player」というヤマハ独自のメディアプレーヤーをダウンロードする必要があり、それが若干めんどくさかった。メディアプレイヤーは色んな会社が独自のものを出して自社のものを世に浸透させようと頑張っていた時期があって、MidRadioがサイトで必要なのもその頃のそうした流れの一環なのだろうと解釈していた。2004年にはSNS的な機能が付けられ、2007年9月にはプレイヤーズ王国から「MySound ユーザースペース」に名称が変更。2009年12月22日にサービスを終了している。

 そんな中で2005年のある日、アマチュア・インディーズ音楽を配信するサイトとして話題をさらったサイトが誕生する。「mf247」というサイトだ。mf247は、エピックソニーの創始者であった丸山茂雄氏が始めたサイトで、SMEを退社したのちに「247music」というインディーズレーベルを作り「ピッピ隊音楽部」などのミュージシャンを育てていた丸山氏が満を持してアクションをおこした、ということでも話題になっていた。誰でも登録して音楽を配信できるわけではなく楽曲の審査があるうえにアーティスト登録料に1万円かかるというものであり、楽曲視聴者に対してクオリティを担保する狙いと、売り出し中のミュージシャンを抱えている音楽業界の人間にも使ってもらおうという狙いがあったのだと思う。
音楽雑誌に広告を打ったり、メジャーからインディーズに活躍の場を移したバンドが多く楽曲を公開していたり、小室哲哉が佐野元春のSOMEDAYのリミックスを公開したりと、なかなか面白いサイトになっていた。「LOVEずっきゅん」という楽曲が人気になって相対性理論が一番最初に注目を集めたのもmf247でのことだった。相対性理論はmy spaceがきっかけで出てきた、みたいにメディアやCD屋の店頭ポップで書かれているのを何度か見たことがあるけれども自分の記憶に間違いが無ければ、本当のきっかけになったのはmf247だったと思う。

そんなmf247も2009年にはサイトが売りに出されることになる。Yahoo!オークションで競売という形で売りに出されたmf247の買い手に名乗りを上げたのが、その当時既にボーカロイド物のコンピCDを出していたクエイク。それとニコニコ動画で御馴染みのニワンゴの西村博之氏で、最終的にはひろゆき氏にもらわれていった

ちなみにミュージシャンから登録料を徴収するタイプのサイトというのはmf247のかなり以前に実はあった。渋谷のクラブ「club Asia」の運営会社が立ち上げた「unaryu.com」というサイトで、2001年の黎明期にスタート。「うーなぎ昇りで龍が舞う~♪」というラジオCMを流してプロモーションも頑張っていたのを憶えているが、いつの間にかサービスは終了していた。ライブハウスで活動しているバンドがネットを通じてライブハウスに集客することを目的とする、そんな感じのサイトだった。

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myspaceは、元々アメリカ発のSNSサイトで2003年8月にサービスがスタート。日本では2006年11月7日にβ版サービスがスタートしている。海外では当時かなり頻繁に使われていたサイトであり実績もあった為、かなり期待されて日本に上陸してきたように思う。日本版myspaceは「マイスペース株式会社」が運営しており、これはエフ・アイ・エム・インターナショナルB.V.とソフトバンクが提携してつくった運営会社。2009年5月からは月刊誌「MySpace from JP.」を創刊するなど意欲的にメディア展開を行っている。

 SNSサイトと言えば携帯端末用SNSである「モバゲー」が知られているが、実はモバゲーにもアマチュアやインディーズのミュージシャンが楽曲を投稿できる機能がある。音源ファイルを添付メールで送信してアップロードするという方式で、携帯のキャリアによっては何秒か毎に分割で再生されるというものだった。cloeや DigiCutといったアーティストが人気で、数十万再生とかされていて2008年には、モバゲー内で人気のアーティストを集めてコンピCDを出したりしていた。自分も2008年3月ごろに、楽曲投稿を試してみようとモバゲーに登録し「さよならアストロノーツ」のデモを投稿してみたことがあったが、この機能はあくまでもSNSサイトとしての利用を促す為の1コンテンツとして設定されていたものという印象があって、サイトを積極的に使用して他のユーザーと交流してどんどん自分の存在をアピール出来るようなタイプでないと多くの人に聴いてもらえそうにないなぁと感じ、どう考えても自分には向いてないと思ったので残念ながらすぐに止めてしまった。

 2011年になり、Muzieを運営していたハッチエンタテインメントが親会社であるエイベックスに吸収合併されることになる。ハッチエンタテインメントはMuzieとは別に「LOiD」というボーカロイド作家のレーベルを作って評価を得ていたが、吸収合併によってレーベルは消滅。Muzieはそのまま引き取られる形でサイトは存続されている。が、黎明期から続いてきた老舗サイトの身の上話を耳にして、アマチュア・インディーズ系の音楽投稿・配信サイトの歴史としては何か一区切りが付いたようなそんな印象を抱かずにはいられなかった。

 というわけで、今まで自分が見てきた音楽投稿・配信サイトについて非常に主観的にざっくりと纏めてみた。こうした「場」を作ってユーザーを集め、ユーザーに自主的に作品を登録してもらう形でコンテンツを集めて、その中から選りすぐってレーベル化する、みたいな趣旨のサイトはおそらくビジネスモデルとしては比較的イメージし易く、サービスとしてスタートするのに手を出しやすいのだろう。とてもたくさんのサイトが生まれては消えていった。
今現在でも「wacca」や「MUSIC TRACK」など同じようなサイトは幾つか運営されていてるが、現状をみる限りではこうした趣旨とは違う別の文脈からスタートしたであろう「ニコニコ動画」が独り勝ちみたいな状況になっているのが何とも面白いなと思う。

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  • 小林オニキスはボーカロイドを使った楽曲制作のほか、デザイン・イラスト・映像・執筆など制作を行う個人作家です。












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